先週末に札幌郊外で行われた有機農業関連の集会へ参加しました。
(先日書いたシェラトン札幌のパーティーもその一部)
有機農業に関連した栽培技術の報告、国や自治体の方針の説明、各地の有機農業の現状報告など、北海道を中心として全国各地から700名ほどが参加していました。
自分には集会の内容をまとめるほどの有機農業に関わる知識がないので、個人的に気になった点などをまとめていきたいと思います。
◆有機とは
現在、JAS法による認証を受けたモノしか「有機」や「オーガニック」と名乗ることができない。しかし、有機JASの認証を取るためには、書類手続きや認証機関への手数料などに莫大な手間やコストや時間が掛かる(有機栽培による農作業の手間とは別の意味で)。
ただ、有機農業を「食の安全」という視点とは別に「環境保全型農業」という視点から重要視する考え方もある。
これは、農薬や化学肥料により自然を傷つけたり、土地に元々ある栄養を奪うのではなく、環境を保全して将来に渡って継続的に営める農業をしようという考え。この考え方でいけば、消費者に対する担保(保証)としての有機認証を取る必要はなく農薬や化学肥料を使わないことで自然を守るだけで十分。
ニセモノを防いだりするためには厳格に管理することも重要だとは思うが、大企業ではなく個人経営の多い農業においてJAS認証は手間が掛かりすぎ厳しすぎるようにも思う気も。
今の有機JAS認証=有機栽培というシステムでは、
慣行栽培からもっと地球に優しい農業をしたい→でも、有機JASとなると(認証のための)手間やコストや時間(移行期間として最初の3年は有機JASと言えない)がかかりすぎる→でも、有機JAS認証を取らずに農薬や化学肥料を使わないと収穫量が落ちた上に、有機とは言えないから慣行栽培の商品と同じ扱いで価格が安くされてしまう→そうなると生活が出来ないから慣行栽培で量を確保する農業をするしかない
なんて感じで、せっかく「食の安全」とか「環境保全型農業」などの人にも地球にも優しい農業を志しても、それで生活ができないから挫折している農家も多いんじゃないだろうか。
当然ニセモノやマガイモノの氾濫はいけないとは思うのだけれども、もっとお手軽に「自然にやさしい農業」に取り組める形はないものだろうか。
◆食べ物を海外に依存する危険性
とある方が言った「海外から食べ物を輸入しているということは、何かあったときに日本の警察の捜査権や関係省庁による調査・監督権が及ばない」という言葉が、海外へ食物依存することの危険の納得できる理由に思えた(当然すべての理由とはならないけど)。
これは、最近の中国ギョウザの事件を元にでた話なのだけど、ギョウザの件では、日本の警察や関係機関も調査にいったりしてはいるけど、直接的には中国国内で起きたことで日本側が直接的な関与はできない。
これが海外に食を依存している日本の限界のようにも思える。
また、捜査権や調査・監督権に関連して、同じように問題なのは、こういった事件が起きた場合にその対策を行う際に、それ(対策)が安全かどうかという基準だけで判断されるのではなく、政治的・外交的な基準が存在してしまうこと。
今回の中国ギョウザの件でも、安全が確保できたから大丈夫ですよという結論にはならず、中国首相の訪日などとの絡みなどの日中間の関係への影響も考慮して最終的には曖昧な幕引きになるんじゃないだろうか。
ちなみに、BSEによるアメリカ産牛肉の時だって(あの時は警察が介入する話ではなかったけど)、食の安全という部分で輸入を規制・再開すべきかどうかとは別に、日米間の関係がどうだとかいう理由で再開された部分も大きいように感じる。
◆食の安全性(加工~流通について)
食品偽装などは食品加工(製造)をする業者によって引き起こされている。
農家が頑張って有機農産物だとか安全な食品だとかを作ったところで、途中の加工業者や流通業者側で偽装などが行われれば、農家の苦労は水の泡だし、偽装問題が有機と名乗っている商品で行われてしまえば有機全体への信頼をも揺るがしかねない。
有機農業の大会などへの出席者を見ると、ほとんどが農家。流通側は有機農産物を扱う生協や共同購入団体なども参加しているが、加工業者などはごく僅かだと思う。
今後のさらなる有機農産物の普及のためには、作る側の農家の生産技術の確立はもちろんだが、加工側(及び流通側)の積極的な関与も必要だろうとの話も出ていた。
◆こういった大会に出ること
有機農業などの話を聞いていると、地球環境や人間のためにはすべて有機農業でなければならないといった極端な原理主義のような主張を持った人(グループ)などを見かけることがある(有機どころかすべては肥料を一切使わない自然農法でなければダメだと言う主張すらある)。
また、逆に理念はないけど儲かりそうだという利益追求型で有機農業を行っている人(グループ)もいる。
どちらも有機農業をもっと広めようという方向は同じなんだけれど、考え方はまったく違う。
別にどちらが正解というわけでもなく、色んな考えがあっていいと思うけど、そんな相容れない人々が集まっている集会と言うのがなんかまとまりあるんだかないんだかっていう混沌感も感じられて面白い。
有機農業全国大会
- 2008年3月26日
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